2007.05.18

ふたりの研究員 新説は雑談から?

形城@主任研究員(以下、形)「ふたりとも目は通した?」
須淡@新人研究員(以下、須)「はい」
土院@新人研究員(以下、土)「見ました」
形「何か感想は?

 須淡と土院はお互いの顔を見合わせた。

須「感想とは……?」
形「『仮想国家または仮想政府についての考察』についてのふたりの率直な感想です。何かないですか?」
土「感想でいいんですか? 意見とかじゃなくて」
形「ええ、感想で構いません」
須「あの、これって書いたのはなんでしょうか?」
形「それはあとで言います」
土「所長じゃないの?」
須「ああ……なんかわかるかな」
形「残念ながら所長じゃないわ。それよりも何か感想はないの?」

 ふたたび顔を見合わせる須淡と土院。

須「そうですね……すでに仮想国家についてはいろんな人が研究してるから、今となってはだいぶ後発になるはずなのに、まだ基礎の部分しかないのがちょっと気になるかな、と」
土「そうだな。それにわざわざここでやるんなら、仮想宇宙とかもっとスケールが大きい方がおもしろそうかな」
須「そういえば、これっていつ頃書かれたものなんですか?」
形「最近です」
須「そうなるとやっぱり、ちょっと遅いかな……」
土「やっぱり書いた奴が気になる」
形「書いたのは第77-β研究所の方です。書かれたのは今年に入ってから。まだ発表はされていません」
須「第77-β研究所って、なんですか?」
形「88研よりは真っ当なところです」
土「姉妹研究所?」
形「いえ、そういうわけでもありませんが、こことまったく関係ないというわけでもないです。そうですね、ひどく抽象的な言い方ですが、似て非なる研究所です」

 須淡と土院は三度顔を見合わせた。

須「主任、いまいちよくわらないです」
土「右に同じ」
形「これを書いた人が所属しているところ、と認識しておけばいいでしょう。それ以上でもそれ以下でもありません」
土「仲が悪いんですか?」
形「そういうわけではないですが、双方共に積極的に関わり合いたいと思っていないというのが正直なところでしょう。それで感想は以上ですか?」

 須淡と土院はうなずいた。

形「そうですか。では、この件は以上です。それぞれ仕事に戻ってください」
土「えっ、それだけ?」
形「ええ」

 形城はレポートを片付けて自分の机に戻っていった。

土「なんだったんだろうな」
須「さあ、なんだろうね。ところで土院、さっきの仮想宇宙っておもしろそうだね」
土「ヴァーチャル・ユニバース? それともヴァーチャル・コスモス?」
須「英語弱いからどっちでもいいけど、何か違いがあるの?」
土「いや、俺にもわからん。仮想宇宙ってとりあえず適当に言っただけだけど、おもしろそう?」
須「なんとなく、ね。どう、やってみない?
土「仮想宇宙? 無から有を生み出すの? ちょっとスケール大きくね?」
須「そう? マクロ宇宙じゃなくてもミクロ宇宙でもいいんじゃないのかな。それだったら仮想じゃなくて、実際に作ることもできそうだし。なんとなくだけど」
土「なんとなくか。まっ、ゆっくりとやるにはおもしろそうかな。がっつりやるのは勘弁な」
須「うん、わかった。それじゃゆっくりやろうね」
土「おう」

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2007.02.20

ふたりの研究員 新人はいつまで?

須淡@新人研究員(以下、須)「土院」
土院@新人研究員(以下、土)「ん?」
須「僕たちっていつまで“新人研究員”なのかな?」
土「いきなりだな。でもまあやっぱり新しい人が入ってくるまでじゃないか」
須「それっていつ?
土「さあ。俺らが入ってきたのも数年ぶりらしいから数年後?」
須「はぁ……」
土「なに、新人ってのがなの?」
須淡@NOT新人研究員?「嫌というわけじゃないけど、入所してから一年以上になるんだから、もう新人ってのもなんか変じゃないかなと思って」
土「じゃ、“須淡@平研究員”にする?」
須淡@平研究員(仮)「ひねりも何もないね」
土院@ひねりなし研究員「じゃあ何がいいんだよ?」
須「何がって言われても、別に肩書きが欲しいわけじゃないからこれといってないかな。主任や室長ってわけでもないし」
土「じゃ、いっそのこと“所長代理”とかは? 所長に言えば即OKもらえそうだし」
須淡@所長代理(仮)「ああ、あの所長だったら迷うことなくOKしそうで怖いね。室長代理でもOK出しそうだし」
土院@加枝研究室室長代理(仮)「あー、あれか。室長と主任がフィールドワーク行ってるときに留守番できるのなら、喜んで室長代理になりたいな」
須淡@加枝研究室室長代理(仮)「それなら僕も室長代理がいいな。もし次があったら、無事に帰ってこられる自信がないよ」
土「確かに。生きて戻ってこれたのはビギナーズラックだったに違いないから次はないな」

 ふたりはため息をつき、上を見上げる。
 洞窟でもなく密林でもなくいつもの研究室の天井であることに安心する。

土院@ビギナーズラック研究員「そいやさ、主任と室長って何歳なんだろう? 須淡知ってるか?」
須淡@年齢不詳研究員(仮)「いや、聞いたことないから知らない。形城主任はなんとなくわかるけど、室長は見たことないし声すらも聞いたことないから全然わからないね。わからないことが多すぎて気にしたこともなかった。そもそもなのかな?」
土「人じゃなくても驚きはしないな。ワケわからん人が多いから。霜月さんなんて年齢って概念があるかどうかすらあやしいぞ。もし不老不死だって言い切ってもすんなり受け入れそうだ」
須「ありえる。今度霜月さんに会ったら聞いてみてよ」
土「なにを? 殺していいですかって?」
須淡@殺人共謀研究員(仮)「違うよ、年齢のこと」
土院@質問研究員(仮)「聞くもなにも、なかなか会えないから無理だろう。会ったとしても霜月さんのペースに巻き込まれてまたすぐに消えちまうだろうから、聞くヒマないし」
須「確かに。メールも携帯も持ってなさそうだから直接会って聞くしかないけど、なかなか会えないもんね。そういえばここしばらく会ってないね」
土「そういやそうだな。まあそのうち会えるだろ。そのときどっちかが覚えてりゃいいんだから」
須淡@メモ研究員(仮)「メモっておこう」
土「そんくらい覚えておけよ」
須「念のためだよ。霜月さんがいつ現れてもいいように、いつでもメモ帳を持ってないと」
土「はあ……。にしても、主任と室長がいないとぐたぐただな」
須淡@ぐたぐた研究員(仮)「ふたりがいなくても、やることやらないと」
土院@ぐたぐた研究員(仮)「そうだな。ちゃっちゃとやるか」

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2006.11.02

ふたりの研究員 野外調査へ連れてって

 須淡は机に向かってもこれといってやることがなく時間をもてあましていた。
 昨日までの約半年間、あまりにも忙しすぎて二、三年くらい時間が経ったようだと須淡は思った。須淡はやることもなく今こうしてゆっくりと半年間のことを思い返すと、よく生きてここに帰ってこれたと思う。
 半年前、加枝の指揮の下、突如フィールドワークをやることになった。須淡と土院は正式に加枝研究室に所属しているわけではないが、上司である形城は加枝研究室の主任研究員である。そして現在、加枝の部下は形城しかいない。ふたりでフィールドワークをするには人員が足りない。しかし加枝はペン立てから筆ペンを持ち、力強く、この四人なら大丈夫、と書いた。さらに、すでに費用は確保済み、と付け加えた。須淡と土院は拒否することも準備することもできず、すぐにフィールドワークに駆り出された
 形城は慣れたものだが、須淡と土院のふたりとっては第88研究所に入所して以来、初めてのフィールドワークとなった。いつもは姿を消している加枝もフィールドワークになれば姿を見せるのかと須淡と土院は思っていた。ふたりの予想に反して加枝はフィールドワーク中の半年間、研究室にいるときとまったくかわらず一度もその姿を見せることはなかった。いつも通り、加枝との会話はすべて筆談でおこなった。

 フィールドワークが行われた場所は、ひとことで片付ければ極地巡りの旅といっていい。五千メートルを越える高地、平均気温マイナス三十度の極寒、数十年雨の降っていない砂漠、湿気が九十%オーバーの多湿帯、いまだ行き止まりが発見されない洞窟、それら極地を約半年で駆け抜けた

 あれは本当に半年間だったのだろうかと須淡は思い返していた。二、三年はさまよっていた感じがする。特に洞窟では時間の感覚がすぐに失われた。どれだけの日数を洞窟内ですごしたのか須淡はいまいちわかっていない。
 油断するとが頭をよぎるどころか、すぐ隣にまで迫ってくる。研究室ではとても味わえない生活であり、すべてが須淡や土院にとって初体験だった。新鮮な経験がふたりの時感を狂わせ、時間が経つのをとても遅く感じさせていた。
 研究所に戻ってきた今は、いつもどおりの時間が流れている。しかしフィールドワークでの時感がまだ抜けきっていない須淡は、時間を持て余していた。

形城@主任研究員(以下、形)「おはよう」
須淡@新人研究員(以下、須)「あ、おはようございます」
形「腑抜けた顔してるわね。そんなにここは退屈?
須「退屈ではないですけど、あの半年間のフィールドワークが強烈すぎです」
形「フィールドワークぼけってところね。土院くんはどうしたの?」
須「なんか論文書いてます。フィールドワークが刺激になったらしいです。書き終わったら来るっていってました」
形「そう。いつごろ書き上がりそうなの?」

 須淡は首をかしげてみせた。

須「さあ、わかりません。でも、あの調子ならすぐ書き上がると思います。ところで形城主任、ちょっと聞いてもいいですか?」
形「いいわよ」
須「もしかしてここに人が少ないのって、フィールドワークが原因ですか?」

 形城は椅子に腰掛けると天井を見つめた。

形「それだけじゃないけど、一因であることは確かね。でもあの程度で辞めるようなら、ここでは何も研究できない。そう思うでしょ?」

 死と隣り合わせのフィールドワークを“あの程度”と言い捨てる形城に、須淡は笑うしかなかった。

須「まあ、確かにほかの研究所で働いても、ここほどの刺激はないですね。もともと辞める気はないですけど」
形「期待してるわ。私も室長も」

 須淡が加枝の席を見ると、いつの間にか加枝がペンをまわしていた。相変わらずその姿は見えない。

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2006.04.15

ふたりの研究員 三次元の生き物

 須淡の手にしたレポートのタイトルは「単多球体による複数人格のモデル化について(その1その2)」とある。

須淡@新人研究員(以下、須)「酒が入るとそんなに豹変するのかなぁ……まあ、学生のときからなんとなくそんな気はしてたけど、そんなにひどいのか。所長もレポートの冒頭に書くほどだし……はぁ」

 加枝研究室には須淡しかいない。加枝も形城も土院もいない。
 酒が入ると人格が変わるというのは、ハンドルを握ると人格が変わるのと同様に古今東西よくある話。しかし須淡のため息はそれだけではなかった。

須「これ、やっぱり球体じゃなくて、面や線でも説明できるよなぁ……」

 出古井のレポートでは球体を用いて擬似的に人格をモデル化している。しかし球体ではなく、、またはを代用してもレポートと同様の説明ができると須淡は考えていた。事実、それは説明可能である。これはレポートを作成した出古井自身にもわかっていた。「この人格モデルは、要再考です。」とレポートの最後にあることがその証拠といえる。

須「でも、きっかけは花見か。全然覚えてないんだよな。結局、花見に出た人全員に聞いたけど誰も答えてくれなかったからなぁ。霜月さんなら今からでも花見に出席することが出来るのかなぁ。きっと、出来るんだろうな」

 多次元を自由に移動できる霜月も加枝研究室にはいない。そもそも霜月は神出鬼没でいつ、どこに現れるか誰にもわからない。

須「これ、四次元や五次元の空間世界で生きている人が考えたら、おそらく四次元的五次元的な発想になるんだろうな。球体ってのが三次元的だし」

 あれこれ考えてみても今まで三次元の空間世界で生きてきた須淡には、わからないことだらけだった。頭ではわかっていても、須淡はまだまだ常識に縛られている。何度もレポートを読み返してみても、そこから須淡の答えを導き出せるヒントはなにもなさそうだった。

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2006.04.01

ふたりの研究員 毎日が4月1日

須淡@新人研究員(以下、須)「土院」

 身体を乗り出して小声で土院に話しかける。

土院@新人研究員(以下、土)「んー?」
須「加枝室長、姿が見えてるよ
土「えっ、マジでっ!」

 研究室を見まわす土院。加枝はいつものように姿は見えず、ペンだけが空中でくるくるとまわっている。

土「見えないじゃん」
須「土院」
土「ん?」
須「今日、4月1日
土「……だから?

 土院はまったくわかっていないようだ。須淡は眉をひそめた。

須「ごめん、僕が甘かった。常識はここに来たときに捨てたんだった」
土「常識くらいちゃんとあるぞ」
須「じゃ、一般常識がないのか」
土「ここは第88研究所だぞ」
須「そうだった。一般常識に縛られていたら、ここにはいられないか」
土「そういうことだ」

 我関せずを決め込んでいた形城がふっと目の端で加枝の姿をとらえた。形城も数年ぶりに加枝の姿を見る。あまりのことに驚いて声が出ない。なにか言おうとすると、加枝はすらすらとペンを走らせ、「今日は4月1日ですから」と書いて見せた。
 須淡と土院は加枝に背を向けているので、ふたりとも加枝の姿は見えてない
 しばらく姿をあらわしていたが、形城の見守る前で、加枝はすーっと姿を消した。

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2006.03.05

ふたりの研究員 一晩で壁はならず

 破研が壁を壊した翌日、須淡はいつものように研究室の前まで来ていた。しかし、まだ研究室の中には入っていない。

須淡@新人研究員(以下、須)「……壁はあるけど、壁しかない。場所、ちがったっけ?」

 壊された壁はきれいに直っている。どこが壊されたのかまったくわからない。そして、ドアがあった場所も壁になっている。ドアはどこにもない。どこを叩いてみても音に違いはみられない。
 須淡は頭を抱える。広大な第88研究所では、誰かに聞こうにも誰もいない。かすかな希望があるとしたら、研究室に用がある人が来るのを待つしかない。
 何度も記憶をたどってみたが、今、須淡のいる一面の壁に研究室のドアがあるはずだった。昨日は破研によって壊された壁が、今日には直っている。それ自体は、ここでは驚くことじゃない。問題は研究室がないってこと。

須「ここで間違いないはずなんだけどな……それともどこかで道を間違えたかな。いや、そんなはずはない」
土院@新人研究員(以下、土)「早起きはするもんだな」

 壁が開いて土院が現れた。須淡は突然のことに声も出ない。すべて壁に見えていたが、ちゃんとドアがあるようだ。

土「わからないだろ。これ、創研がつくったんだってさ。今は空いてるからドアだってわかるけど、閉めると完全ににしか見えないよなあ」
須「これが、ドア……?」

 須淡は開いたドアを触ってみる。確かに壁にしか見えないし質感もでしかない。しかし中は研究室になっている。

形城@主任研究員(以下、形)「おはよう、須淡くん」
須「あ、おはようございます、主任。これ、すごいですね」
形「なかなかおもしろいものを見せてもらったわ」
須「なにをです?」
土「ドアを閉めてみればわかる」

 土院は須淡を押して研究室に入れると、自分は廊下に出たままドアを閉めた。ドアが閉まると、廊下側の壁一面がすーっと色が抜けて、廊下が丸見えになった。

須「もしかして、ずっと僕が廊下で悩んでいるのを見てたんですか」
土「見てたよ。しかも声も聞こえる。そっちの声は聞こえないけど、廊下側からは筒抜けなんだ」

 土院はこちらを向いて話している。

形「見てたわ。こっちの声が聞こえないから、今の土院くんは廊下で壁に向かって独り言をいってるのよ」
須「すごいですね。マジックミラーの壁版ってところですか」
形「そうね。でもまだ研究段階で、時間とともに向こう側が見えなくなり音も通さなくなって、結局普通の壁にもどるって言ってたわ」
須「戻るまでどのくらい時間がかかるんですか?」
形「早ければ今日中、遅ければ今週中。ばらつきがあるみたいで、何とも言えないっていってた」
須「そうですか。でも、創研ってすごいですね。こんなのを一晩でつくっちゃうなんて」
 土院がドアを探しているのが見える。わかっていても、どこがドアだかわからなっているようだ。

形「一晩でつくれるわけないでしょう」
須「え、でも、昨日壊れて、今日なおっているんだから、一晩しかないじゃないですか」

 土院がドアを探り当てて研究室に入ってきた。

土「見えてるんだから開けてくれよ。それにしてもほんっとうにわからないな」

 タイミングの悪いときに土院が入ってきて、会話が一瞬止まった。

土「なに?」
形「なんでもないわ。さっ、仕事しましょう」
須「そうですね。いちいち驚いていてもしょうがないし。あ、でもドアだけは何とかして下さい。これじゃわからないですか」
形「そうね。創研に作り替えるように伝えておくわ。そうすれば夕方にはちゃんとドアだけは戻っているでしょう」

 須淡はどうやって一晩ではつくれない壁を創研がつくったのか考えていた。形城に答えを聞けばそれでわかるだろうが、しばらく考えて自分で答えを導き出そうと決めた。しかし自分にはまだわからないのだろうと思った。

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2006.01.14

ふたりの研究員 タバコに火はつけない

 喫煙室の常連は決まっているが、第2喫煙室は他から遠い場所に設置したため使われることは少なかった。常に空き室であることが多い第2喫煙室に、ひとり座ってタバコをくわえている人がいた。まだはついていない。

霜月@特例客員研究員(以下、霜)「形城くん、それ――」
形城@主任研究員(以下、形)「まだ火はつけてない

 ポケットにつっこんでいた手を出した。右手にはライターが握られている。

霜「何度も言いますが、それ、タバコですよ。わかってますか?」
形「まだはつけてないでしょ。火をつけるつもりはないから、どっか消えなさいよ」
霜「もう消えてます
形「ここではないどこかへ」
霜「僕がいるのは、ここではないどこかです」

 形城はあきれたように首をふった。

霜「そうはいっても形城くんが言われたことでしょう。タバコをやめたいから、もし吸っていたら実力行使で止めてくれって。もう忘れましたか? 私はまだちゃんと覚えています」
形「私も覚えてる。あれ以来ちゃんと禁煙してて、タバコはもう吸ってない。それにこのライター、火がつかないの」

 ポケットからライターを出して火をつけようとするが、火花が散るだけではつかない。ライターを握りしめると、目を閉じて天井を仰いだ。

霜「ほう、吸わないタバコと火のつかないライターをいつも持っているんですか?」

 妙にトゲのある言い方に、形城はちいさく眉をひそめた。

形「めずらしいこともあるのね。霜月特例客員研究員ともあろうかたが先入観に囚われているなんて」
霜「先入観? なんのです?」
形「タバコは吸うもの。ライターは火をつけるもの」
霜「この場合は経験則ですよ。形城くんひとりだったら、火をつけていたんじゃないですか?」
形「さあ、どうだか」

 灰皿の横に三枚の札があらわれた。

霜「それ、須淡くんと土院くんに渡しておいてください」

 物憂げに札を見つめる。ため息一つ。ずっとくわえていたタバコを指でつまみ、灰皿に向かって投げた。

形「私をパシリに使うつもり……まあいいっか

 火のついていないタバコは灰皿に。形城は札を手に取り立ち上がった。

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2006.01.06

ふたりの研究員 雷の落ちる先

 加枝研究室に入ってきた須淡は部屋を見まわした。部屋には土院と形城、それにペンをまわしている加枝がいた。加枝の姿は相変わらず見えない。

須淡@今年も新人研究員(以下、須)「…………」
土院@やっぱり新人研究員(以下、土)「……なんか言えよ」
須「あっ、ええと……あけましておめでとう」
土「今年もよろしくって、ちがうだろ」
須「じゃあ、お年玉ちょうだい」
土「俺に言うな。主任か室長に言え」
須「じゃ、形城主任。お年だ――」

 形城は須淡を一瞥した。それだけで十分だった。

須「なんでもないです。室長、お年玉ください」

 ペンがピタッと止まった。すらすらとメモ用紙に「お年玉」と書くと、メモをちぎって須淡へ差し出した。メモ用紙が宙に浮いている。須淡はメモを取ると、丸めてゴミ箱へ捨てた。ペンがむなしくまわりだした。

形城@主任研究員(以下、形)「須淡くん、土院くん。ちょっといいかしら
須「はい、なんでしょう?」
土「ん?」
形「あなたたち、去年の9月からまったくなにもやってなかったようだけど、この先どうするつもり?」

 ふたりは顔を見合わせた。

土「いや、あれは不可抗力です。もしくは自然の摂理です」
形「そう。じゃあ、須淡くんのご意見は?」

 とげとげしく鋭い形城の眼光が須淡を射ぬく。

須「あの、あれはですね、そのぉ……申し訳ありません」
形「須淡くん、いったい誰に何をあやまっているの?」
須「去年の9月から更新が止まったことに、です。誰っていうのは、誰なんでしょう……?」

 誰に投げかけたわけでもない須淡の疑問は宙に消え、むなしさだけが残った。須淡には無言の重圧がいちばんキツイということを形城は知っている。

霜月@特例客員研究員(以下、霜)「まあまあそんなにイジメなくてもいいでしょう、形城くん」

 声は聞こえるが、霜月の姿はどこにもない。形城は机を指でコツコツとリズムよく叩きだした。次第に机を叩く音がはやくなっていく。最後にひとつ、拳を握りしめて思いっきり振り下ろした。

形「いつもいつも姿を隠してないで出てきたらどうなのっ、霜月っ!

 須淡と土院は直立不動のまま、研究室のなかを見まわした。だが霜月の姿はどこにもない。須淡が入ってきてから研究室のドアが開いたわけでもない。

霜「形城くんは今日も元気だねえ。でもその元気を彼らにぶつけることもないだろう? ふたりとも萎縮しちゃってるじゃないか」
形「いいから出てきなさいっ!
霜「そうすれば君の元気も少しはおさまる?」
形「自分で確かめてみなさいよ」
霜「それもそうだ」

 そう言いながら須淡と土院のあいだに現れた

霜「まああれだ。彼らだって好きでほったらかしにいていたわけじゃないだろ。なあ?」
土「もちろん」
須「はい」
霜「ということだ」

 形城は憮然としている。

須「予定としては空白の三カ月間の穴埋めをして、その後は以前のようにやっていければと思ってます」
形「だからそれは誰に対して言ってるの? 別に私はいいのよ。研究さえちゃんとやっていれば。でも、それすらもやってないでしょ?」
土「なんもやってないです」
須「……そうですね。研究も手つかずです」
形「私が言ってるのはそこよ。丸々三カ月以上、なにもやってなかった。あなたたち、ここにいる意味あるの?」
霜「今日は一段と手厳しいねえ。どこか虫の居所が悪いらしい」
形「黙ってて」

 霜月は口にチャックをする仕草をすると数歩下がり、音もなく姿を消した。途端、研究室は静かになった。加枝のまわしていたペンが止まり、すらすらと文字を書き始めた。始めに気づいたのは土院だった。次に須淡、形城が注目する中、ペンが止まってメモ用紙が宙に浮いた。

「まだ彼らはここに入所してから1年もたっていません」と書かれていた。そのままペンが走る。次のメモ用紙には「形城くんが入所したときはどうでした?とある。
 形城は眉をひそめて床を見つめる。それまでの勢いがなくなっていくのが、須淡にも土院にもわかった。
 二つのメモが下げられ、新たなメモが宙に浮いた。「ふたりとも、形城くんが言いたいことはもうわかりますね?」

土「なんとなく」
須「サボるなってことはわかりました」

「結構。ではそれを行動で示して下さい」というメモを最後に、またペンがくるくるとまわりはじめた。

形「私から言うことはないもないわ。新年早々、こんなことを言うつもりはなかったのに、ごめんなさい。ちょっと休憩してきます」

 そう言い残して形城は研究室を出ていった。足取りはしっかりしていたが、今にも消えてしまいそうだと須淡は思った。取り残された須淡と土院は、それぞれの机についた。加枝のペンが止まり、メモに「私も少し言い過ぎました」と書かれた。メモはくしゃくしゃ丸めてゴミ箱に投げ入れられた。

須「霜月さん、まだいますか?」

 返事はない。

土「主任のあとを追ったんじゃないか」
須「そうかもね」

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2005.09.14

ふたりの研究員 恐るべし、破研

 廊下と部屋には大量の砂があった。壁があった場所が山の頂点となり、高さは須淡の身長と同じぐらいある。須淡には崩された壁の残骸が多いように思えた。天井は崩れていない。廊下も同じ。なくなったのはだけのようだ。

土院@新人研究員(以下、土)「なんだこりゃ。いつからオープンな研究室になったんです、形城主任」
形城@主任研究員(以下、形)「なにいってるの、まえからオープンな研究室だったわよ。知らなかった?」
土「いま知りました」
須淡@新人研究員(以下、須)「形城主任、なにがあったんですか?」
形「須淡くん、目でも見えなくなったの?」
須「いや、ちゃんと見えますが……」
形「なら、見ての通りよ
土「加枝室長が壁と一緒に消えた」

 しれっと即答の土院。須淡はしばらく考えて答えた。

須「壁とドアがになった……でも、どうして?」
形「ふたりとも不正解
須「えっ、でも壁もドアも――」
形「消えてはいないし、砂にもなっていない。須淡くん、砂ってなに?
須「えっ? 砂ですか。砂は、砂です。岩石の小さな粒、です」
形「粒の大きさは?」
須「……わかりません」
形「直径二ミリ未満から十六分の一ミリ以上。これはどうみてもそれ以下。だから不正解」

 山から壁だったものをひとつまみして、目の前ではなした。さらさらと落ちるそれは、砂というには粒子が細かすぎる。

形「よく見なさい。これらは全部、もとは壁でありドアだったものよ。分子構造が壊れたからここまで細かくなっただけ」
土「加枝室長も一緒に?
形「そんなわけないでしょ。ちゃんといるわよ」

 ほら、と指さした先には、なにもない空中でくるくるとペンがまわっていた。

須「慣れたとはいえ、やっぱりあやしいですね」
土「もはやワンパターンだな」

 ペンがピタッと止まった。チッチッチッとばかりにペンを左右に小さくふると、真上へ投げた。ペンをとると同時に今までにない速さで複雑にペンをまわす。めまぐるしくまわるペンに須淡と土院は圧倒された。

土「すげぇ……」

 まだペンはまわりつづけている。

形「加枝室長、それはわかりましたからなにか着てください。そろそろ破研の人たちも来ますから」

 加枝のペンが止まり、椅子にかけてあった白衣をまとうと、まわしていたペンを胸ポケットに入れた。まさに透明人間が白衣を着ているという図だが、須淡と土院は妙な新鮮さを感じた。

土「なんか、新鮮だな」
須「室長、ちゃんと人間の形をしてたんですね」
土「そこかよ。まあ仮に室長が人でなかったとしても、驚かないけどな」
形「本当でしょうね?」
土「ええ、もちろん」
形「須淡くんは?」
須「えっ、僕ですか? だいぶここに慣れましたけど、あんまり自信はないです」
形「だそうよ、室長。そろそろ姿を見せたら?」

 加枝は腕を×の字に交差した。白衣を着たことで腕が使えるのがうれしいのか、ペンをまわさず自分がまわってみせた。助けを求めて形城を見る須淡。土院は拍手している。

須「形城主――」
形「須淡くん、ここに慣れたのでしょう? ならば気にする必要はない。ん、やっと破研の連中が来たな」

 ぞろぞろとオレンジのツナギを着た集団がやってきた。全部で八人。丸められた巨大なホースを台車にのせている。

綱木@破研副主任(以下、綱)「よう形城。これ、持ってくぞ」
形「よけいな物まで持ってかないでよ」
綱「わかってる。形ある物は持っていかない。それでいいだろ。よし、これ全部運ぶぞー」

 残り七人はしずかにうなずくと黙々と作業をはじめた。巨大なホースを伸ばして廊下を曲がった。

綱「これで全部持ってく。ちょっと待ってろ。お、そこのふたり。もしかして新人か?
形「そうよ。綱木のところはどうしたの?」

 綱木は首を横にふった。

綱「残らなかった
形「あら、そう。逃げられたの」
綱「いや、なにも残らなかった。俺らの実験は、こーゆーのばかりだからな」

 綱木は壁だった残骸を見た。

形「それならいい研究材料にはなったわけね。そういえば須淡くん、土院くん。あなたたち、そろそろほかの研究室にいってみない?」
土「いや、遠慮します」
須「僕も。それにさっき所長のところでしばらくここにいろって言われました」

 形城と綱木は顔を見合わした。

形「所長が? めずらしいわね。研究のことで口出しするなんて」
綱「新人だからか。いいなあ、新人! 俺らんところにこないか?」

 須淡と土院は力一杯、首をふった。綱木はおおげさに肩を落としてみせた。廊下から巨大ホースを持っていったオレンジのツナギを着た研究員が戻ってきた。すぐに吸引がはじまり、残骸は残らず破研の部屋へと吸いこまれていった。

綱「じゃ、俺は戻る。あとはこいつらがやってくれるさ」
形「綱木、これ返すわ。弾が勝手に出るなんて、不良品じゃないの?」

 形城は銃を投げて綱木に渡した。

綱「ああ、タイマー式だからな。言ってなかったか? だとしら、すまん。じゃ」

 銃を受けとった綱木は、破研の研究室へ戻っていった。

 ほどなく残骸はすべて吸いとられ、七人のツナギは撤収していった。残されたのは、あけっぴろげになった加枝研究室とその研究員たち。

須「、どうするんです?」
土「なかったら作るしかないだろ」
形「創研がやってくれるわ。明日には元通りよ」

 すらすらっと加枝のペンが走った。「新創造研究室。略して創研は破研の反対です」

土「便利な研究室だな」
形「それじゃ今日はもう帰っていいですよね、加枝室長?」

 大きく腕で丸の形をつくり、加枝はくるっとひとまわりした。

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2005.09.12

どこかでひとり、語る男

 どうもどうも。霜月です。お久しぶりですね。どうも時間があいてしまったようで、ちょいとお邪魔させていただきました。
 なにやら加枝くんのところの研究室がえらいことになってますね。まあ、ドアと一緒に壁がなくなっただけですから、たいしたことないと思いますよ。研究室の中に極小のブラックホールが発生したわけでもなく、加枝くんの姿が見えるようになったわけでもなく、初代所長が戻ってきたわけでもないのだから。
 破研の連中の〈実験〉で壊れたのでしょう。アレは〈実験〉と称してなんでもかんでも壊しますからね。で、壊したら破片を片っ端から収拾し、しばらく外界からの接触を断ちます。おそらく〈実験〉の検証なんかをやっているんでしょう。
 以前、ちょっと破研の中をのぞいてみたら、追い出されました。

 まあ、加枝くんのところの研究室も、すぐにきれいになって、ドアと壁を作り直しするでしょう。それまではオープン研究室として、すごさなければなりませんけどね。
 須淡くんも土院くんも第88研究所にはだいぶ慣れたようですが、まだ知らないことが多いみたいですね。破研のこともそうですし。まだ若いですから、そのうち覚えるでしょう。形城くんもふたりが色々なことを覚えるまでは、まだ気苦労がたえないでしょう。いや、形城くんなら今の状況を楽しんでいるかもしれませんね。

 どちらにせよ、今後とも第88研究所をよろしく。

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