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2006.11.02

ふたりの研究員 野外調査へ連れてって

 須淡は机に向かってもこれといってやることがなく時間をもてあましていた。
 昨日までの約半年間、あまりにも忙しすぎて二、三年くらい時間が経ったようだと須淡は思った。須淡はやることもなく今こうしてゆっくりと半年間のことを思い返すと、よく生きてここに帰ってこれたと思う。
 半年前、加枝の指揮の下、突如フィールドワークをやることになった。須淡と土院は正式に加枝研究室に所属しているわけではないが、上司である形城は加枝研究室の主任研究員である。そして現在、加枝の部下は形城しかいない。ふたりでフィールドワークをするには人員が足りない。しかし加枝はペン立てから筆ペンを持ち、力強く、この四人なら大丈夫、と書いた。さらに、すでに費用は確保済み、と付け加えた。須淡と土院は拒否することも準備することもできず、すぐにフィールドワークに駆り出された
 形城は慣れたものだが、須淡と土院のふたりとっては第88研究所に入所して以来、初めてのフィールドワークとなった。いつもは姿を消している加枝もフィールドワークになれば姿を見せるのかと須淡と土院は思っていた。ふたりの予想に反して加枝はフィールドワーク中の半年間、研究室にいるときとまったくかわらず一度もその姿を見せることはなかった。いつも通り、加枝との会話はすべて筆談でおこなった。

 フィールドワークが行われた場所は、ひとことで片付ければ極地巡りの旅といっていい。五千メートルを越える高地、平均気温マイナス三十度の極寒、数十年雨の降っていない砂漠、湿気が九十%オーバーの多湿帯、いまだ行き止まりが発見されない洞窟、それら極地を約半年で駆け抜けた

 あれは本当に半年間だったのだろうかと須淡は思い返していた。二、三年はさまよっていた感じがする。特に洞窟では時間の感覚がすぐに失われた。どれだけの日数を洞窟内ですごしたのか須淡はいまいちわかっていない。
 油断するとが頭をよぎるどころか、すぐ隣にまで迫ってくる。研究室ではとても味わえない生活であり、すべてが須淡や土院にとって初体験だった。新鮮な経験がふたりの時感を狂わせ、時間が経つのをとても遅く感じさせていた。
 研究所に戻ってきた今は、いつもどおりの時間が流れている。しかしフィールドワークでの時感がまだ抜けきっていない須淡は、時間を持て余していた。

形城@主任研究員(以下、形)「おはよう」
須淡@新人研究員(以下、須)「あ、おはようございます」
形「腑抜けた顔してるわね。そんなにここは退屈?
須「退屈ではないですけど、あの半年間のフィールドワークが強烈すぎです」
形「フィールドワークぼけってところね。土院くんはどうしたの?」
須「なんか論文書いてます。フィールドワークが刺激になったらしいです。書き終わったら来るっていってました」
形「そう。いつごろ書き上がりそうなの?」

 須淡は首をかしげてみせた。

須「さあ、わかりません。でも、あの調子ならすぐ書き上がると思います。ところで形城主任、ちょっと聞いてもいいですか?」
形「いいわよ」
須「もしかしてここに人が少ないのって、フィールドワークが原因ですか?」

 形城は椅子に腰掛けると天井を見つめた。

形「それだけじゃないけど、一因であることは確かね。でもあの程度で辞めるようなら、ここでは何も研究できない。そう思うでしょ?」

 死と隣り合わせのフィールドワークを“あの程度”と言い捨てる形城に、須淡は笑うしかなかった。

須「まあ、確かにほかの研究所で働いても、ここほどの刺激はないですね。もともと辞める気はないですけど」
形「期待してるわ。私も室長も」

 須淡が加枝の席を見ると、いつの間にか加枝がペンをまわしていた。相変わらずその姿は見えない。

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