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2005.06.16

ふたりの研究員 事件は知らぬ間に

 所長室のドアを開けて入ってきたのは、須淡と土院だった。ノックもなしで部屋に入るなりドアを勢いよく閉めた。

須淡@新人研究員(以下、須)「所長! ここって銃を密造してるんですか?」

 命からがら逃げてきた、とばかりに須淡は聞いてきた。

出古井@所長(以下、出)「さあ、どうでしょう。研究や調査で必要なものなら作っているかもしれません」
土院@新人研究員(以下、土)「所長の出頭命令から逃げようとしたら、敵前逃亡はその場で銃殺って、形城主任に殺されかけたんだよ!」

出「ああ、彼女が持っているのは本物です。弾も実弾ですから、逃げなくて正解です」

 形城が持っていた銃が本物とは思いたくなかったが、出古井はあっさりと肯定した。ふたりは顔を見合わした。

出「彼女の腕は知りませんが、破壊力は折り紙付きです。破研(はけん)製の特注品ですから」
須「はけんってなんですか?」
出「今は物質の変形を研究している研究室です。もとは破壊力学だけを研究してたようで、そのときからの名残で“破研”と呼んでいます」
土「鬼に金棒……」
出「さて君たちがここに入所してから三カ月以上経ちました。ここには慣れましたか?」
須「慣れました」
土「そのために形城主任の下につけたんだろ」
出「そうですね、それもあります。しかしそれ以上に、彼女がいちばん面倒見がいいんですよ。信じてませんね?

 土院はすぐにうなずいた。須淡は考えている。

出「では加枝室長のもとで、ここに慣れることはできましたか?」

 ふたりは顔を見合わせた。姿の見えない加枝は、まだふたりにはどうしていいかわからないときがある。しかし、形城はまったく気にしていないの見て、ふたりはそれを真似するようになった。

須「たんぶ、無理です」
土「今よりは時間かかってたな」
出「もうわかっているとは思いますが、第88研究所は、ほかの研究所と比較するとかなり特異です。その分、通常では考えられない分野の研究もします。基本的に研究員は、研究室に所属しています。今の君たちは、形城くんのもとで加枝研究室に所属しています。また、どこの研究室にも属せず、あちこちと渡り歩いている人もいます。霜月さんがいちばんいい例です。もうここに慣れたのなら、形城くんのもとからはなれても大丈夫でしょう。そこで君たちの希望を聞きたいのです」
土「どこかに所属するか、それともふらふらするかってことか?」
出「そうです」
須「でも、慣れたといっても雰囲気に慣れただけで、研究室は今の加枝研究室くらいしか知らないですよ。ほかにどんな研究室があるのかぜんぜん知らないです」
出「大丈夫です。私もすべては把握していません。ただ、第88研究所の研究者としてなにを知りたいか、研究したいかによって、どちらがいいかはわかります」
土「そんなのここに入ったときから変わってない
須「僕もです。変わってません
出「そうですか。それは不可能とはいいません。ここでは不可能なんてことは、ほとんどないといっていいですからね。がんばってください。では、それはそれとして、今のテーマはありますか?」

須「それならあります」
出「土院くんは?」
土「んー、あるっちゃあるかな」
出「それはなんですか?」
須「“次元”です」
土「俺は“感情”かな」
出「須淡くんは霜月さんの影響ですね。土院くんは形城くんですね。彼女も女性ですから、ぬいぐるみが好きでもおかしくないですよ」

 ふたりとも図星をつかれた。

出「ではふたりともこのまま形城くんのもとにいるのがいいでしょう。霜月さんがいちばんよく出没するのは彼女のところですし、土院くんには形城くんと加枝さんの感情を把握するのがいいでしょう」
土「所長、ほかの研究室には属しちゃいけないのか?」
出「そんなことはありません。なにかほかのテーマを見つけたら、それに合った研究室に属することは自由です。私がきみたちにどうのこうのと指示をするのは、これが最初で最後です。相談であれば話は別ですが」
須「僕たちは今のままでいいってことですか?」
出「そうです」
土「でも、なにかほかのことがやりたかったら、好き勝手にやっていいってことだよな?」
出「そうです。それでは戻って形城くんにこのことを伝えてください」
須「わかりました」

 須淡と土院は所長室を出た。なにか変わったといえば、たしかに変わったのだが、須淡にはまだ実感がなかった。土院はキツネにつままれたような感じがしてならなかった。
 慣れたとはいえ迷路のような第88研究所の廊下をすすみ、加枝研究室にもどってきた。

須「……事故?」
土「いや、俺らが出るときは実験もなにもしてなかったし」

 加枝研究室のドアと壁がそっくりなくなっていた。ドアと壁が粉々になって廊下に散乱して、研究室が丸見えになっている。どこから集まってきたのか多数の研究員が復旧作業をおこなっていた。

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2005.06.05

ふたりの研究員 イルカは真実を連れて

須淡@新人研究員(以下、須)「あれ、このぬいぐるみどうしたの?」

 机に置いてあるイルカのぬいぐるみをとりあげた。胸びれをつまんで広げたりしている。

土院@新人研究員(以下、土)「主任の趣味らしいぞ。下手に扱うと殺されるらしい」

 須淡はぬいぐるみが置いてあったところに戻して研究室内をさっと見まわした。加枝室長の机の上ではペンがくるくるとまわっている。土院はパソコンに向かってなにか作業をしていたようだ。主任の姿はない。

須「今、なにも見てないよね?」
土「主任が戻ってきたらちゃんと報告してやる。嘘をついたら、俺まで被害がおよびそうだ」
須「なにも見てないよね?」
土「骨は拾ってやる」
「見てないよね?」
土「あ、主任が戻ってきた」

 ドアが開いて主任が入ってきた。イルカのぬいぐるみに近寄っていく。

「主――」

 須淡が土院の口をおさえた。

須「それ、主任のですか? かわいいですね、バンドウイルカですか?」

 形城はイルカのぬいぐるみを撫でながらうなずいた。自然と口の端がゆるんでいる。須淡は土院を目で制しながら手をはなした。

「主――」

 ん?と形城が顔をこちらに向けると同時に、土院の口をもう一度おさえた。

須「主任、ぬいぐるみ、好きなんですか?」

 すこしはずかしそうに小さくうなずいた。やっとふたりの不自然さに気づき、首をかしげる。

須「あ、気にしないでください。いつものことですから」

 土院がイルカのぬいぐるみを指差し、次に須淡を指差し、ぞうきんをねじるようにジェスジャーをした。須淡は口をふさぐので手一杯で、土院の腕まではおさえられなかった。形城に土院の意図は伝わり、射抜くような視線を須淡に向ける。

須「ちょっと待ってください。僕はそんなことはしてませんって」
形城@主任研究員(以下、形)「そんなことは?」
須「いや、そんなことも、あんなこともです。たしかにちょっと持ってはみましたけど、それだけです。ぞうきんみたいに絞るわけないじゃないですか」

 形城の気迫におされて、土院を間にはさむように位置にうごいた。

土「つか、主任。普通にしゃべれるんじゃないですか

 我関せずとばかりにくるくるとまわっていたペンがぴたっと止まった。形城は気を削がれ、きょとんとしている。顔をしかめて目を閉じた。ため息をひとつ。目を開けると、いつもの形城主任にもどっていた。

形「今まで気づかないほうがどうかしている。須淡はとっくに気づいていたぞ」

 今度は土院がおどろいて目を見開いた。

土「ぜんぜん気づかなかった。いや、まだ信じられん。須淡、お前もぐる?
須「ぐるじゃないよ。僕は自力で気づいたんだ。土院、カマかけたけど、それが本当だとぜんぜん思ってなかったんだね」

 うなずく土院。

土「主任、なんでそんな面倒くさいことしてたんです?」
形「面倒くさい? あれがか? 頭の中でことばを再構築すればいいだけじゃないか」

 土院の知っている形城の口調からは一変して、形城は流暢にしゃべっている。須淡はもう慣れたが、土院はまだ面食らっている。

土「……試されてたってことか。で、須淡はパスして、俺はダメってことか」
形「私が勝手にやっていただけだ。はやくふたりがここに慣れるようにな。別にダメってことはない。ダメなら初めから第88研究所には入所できないだろう」

 形城はぬいぐるみを持って作業机に向かった。

土「なんで黙ってたんだよ」

 須淡をこづく。

須「主任に止められてた。土院ならすぐに気づくと思ったし」
土「いや、ぜんぜん気づかなかった。主任がミスらなきゃ、ずっと気づかなかったんじゃないか。でもこれでやっと筆談から脱することができるわけだ。加枝室長を除いて」

 くるくるとまわっていたペンがピタッと止まり、すらすらと文字を書いて紙を持ち上げた。宙に浮いた紙には『私もしゃべりましょうか?』と書かれている。

形「ダメです。しゃべる前に姿をあらわしてください」

『わかりました』と力ない字が書かれた。土院は須淡をみた。お前、なんか知ってんじゃないか? 須淡は首をかしげた。知らないよ。
 須淡と土院は思った。どうしてこう第88研究所には、ワケのわからない人が多いいのだろうと。

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