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2005.05.07

「常識を捨てる」と「常識がない」

 私たちは研究するうえでよく「常識を捨てる」といいますが、「常識がない」とはいいません。一見、ふたつの言葉は似ているようですが、内容はまったくちがいます。
 捨てるためには、捨てるものがなくてはいけません。つまり、常識は必須です。はじめからないものは捨てようがありません。

 研究時に常識がじゃまなだけで、研究が終われば常識は必要です。
 しかし研究に没頭すると、しばしば常識を捨てたことを忘れてしまいます。常識のない状態がしばらくつづきます。すると、ふと思い出したように常識を捨てたことを思い出し、拾いあげます。

 ですが捨てたことを思い出しても、常識を拾いあげようとしない研究員もいます。常識のないまま研究をつづけると、まれに思わぬ副産物がみつかることがあります。
 不思議とこれらの発見は、常識があるとみつかりません

 研究をつづけているかぎり、それでもかまわないのですが、研究室から一歩も外に出てきません。たまに研究室へ行き、生存を確認しています。私が第88研究所に入所したときから、ずっと外に出ていない研究者もいます。
 私も研究室にこもっていた時期があり、そういったときは、そっとしておくのがいちばんだとわかっています。

 常識がないのではこまります。常識を一時的に捨て、必要になったら拾いあげることが大事です。研究にもよりますが、第88研究所では、つねに常識が研究のじゃまをしがちです。

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