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2005.05.24

ふたりの研究員 とある日のとある時

 研究室には須淡と土院、姿は見えないが加枝がいた。形城はまだ行方をくらましたままだった。須淡はキーボードを叩いていた。土院は腕を組んで目をつぶり、船を漕いでいるようにみえる。加枝はペンをすらすらと動かしてなにか書いている。
 須淡はキーから手をはなして目を閉じて首をゆっくりとまわした。大きく伸びをひとつ。前後に大きくゆれる土院は、はっとなって目を開けた。左右を見る。だれにも見られていないのを確認すると、腕を組み直して目を閉じた。加枝はペンをくるくると器用にまわしている。なにかを考えているときは、一回転や二回転、逆回転などよくペンがまわる。ぴたっとペンをとめると、またすらすらと書きはじめた。

須淡@新人研究員(以下、須)「土院。起きてる?」

 土院はまた船を漕ぎはじめた。

須「……またか」

 加枝がとんとんと土院の肩を軽を叩いた。気づいた土院は機敏に振り返ったがだれの姿もない。加枝がいるのだが、その姿は土院にも須淡にも見えない。土院は時計を見た。

土院@新人研究員(以下、土)「三十分くらいか」
須「よく寝てたよ」
土「目覚めはよくないけどよく寝れたと思うよ。わかっちゃいるんだけど、いまだにだれに叩かれたのかわからなくなって一瞬パニくる」

 そう言いながら腕を組んで目を閉じた。須淡は気にせずキーを叩いている。加枝が使っているペンは、机に置かれたまま動かない。まだ動かない。土院は加枝のペンが動くかすかな音をじっと待っていた。須淡のキータッチ音にじゃまされながら、ほんのかすかな音を聞きの逃すまいとしていた。閉じた目がせわしなく左右に動いている。

「そこだ!」

 加枝がいると直感したところ目がけて、椅子から転げ落ちようがおかまいなく、腕を伸ばせるだけ目一杯伸ばした。つかんだのは空気だった。ペンが持ち上げられ、くるくるときれいにまわる。

須「土院、おもしろい?」
土「一度くらいは勘で当たると思うんだけどこれがなかなか」
須「主任でも室長にはかなわないのに、土院が相手になるわけないって」

 土院は立ち上がって椅子に座り直した。

土「そうか? そのうち勝てる。ぜーったい勝てる! そう思ってれば、そのうち勝てるもんだぞ」

『がんばって下さい』と書いてふたりに見せた。加枝が持つ紙切れは、空中に浮いているように見える。

須「がんばる方向がまちがってると思うけど……もう寝てるし」

 キーボードをかろやかに叩く須淡。腕を組み目を閉じる土院。くるくるとペンをまわす加枝。形城主任のいない研究室は、いつものようにすぎてゆく。

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2005.05.19

リコーGX8

 土院です。ちょっと納得がいかないので所長にたのみこんで、この場を借りました。

 リコーのGX8です。はっきり言います。ノイズというのか、擬色というか、とにかくひどいです。画素数がちがうから単純に比較はできませんが、GXのほうがノイズが少ないようにみえます。

 デジカメの市場は日本だけでなく欧米にもあります。そして欧米の市場では、画素数偏愛主義的な風潮があるらしく、新機種は画素数を上げることが至上命題です。フルモデルチェンジで画素数を下げる、というのは考えられないのでしょう。

 日本にもそうした製品の質とはまったくべつの、簡単にいえば売れる要素をふやせばいいという風潮は、ほかの業種にもあります。営利企業ですから売れる製品を作らなければいけないのはわかります。また、納期に間に合わせるためだとか、他社におくれをとらないためだとか理由はいろいろと考えられます。

 そういった積み重ねで風潮はできあがります。一度できた風潮は、一企業では払拭するのはとんでもなくむずかしいです。

 コンパクトデジカメで28mm相当(35mm換算)の広角を撮影できる機種は、多くありません。
 ぶっちゃけ、単焦点28mm相当のコンパクトデジカメを待ち望んでいるので、こうした広角の機種は、かならずチェックします。

 でも最近の高画素化は、画像処理のチップの性能にもよるが、ノイズがひどいものが多いように思う。

(中略)

 リコーさん。デジカメ版GR、期待してます。まさか、GX8がGRのデジタル版なんていいませんよね。


土院@新人研究員「ずいぶんと削りまくってオブラートに包んだな」
須淡@新人研究員「土院のことばがひどすぎるんだよ。あんなの載せられるわけないじゃないか。だから、僕が土院の文章を添削するという条件でここを借りたんだろ」

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2005.05.18

ふたりの研究員 姿を現さない男

 いつものように研究室のドアを開けてなかにはいると、須淡だけがいた。

土院@新人研究員(以下、土)「あれ、主任は?」

 須淡は机に置かれたメモを指さした。

須淡@新人研究員(以下、須)「どこかいっちゃった。室長がいうには、研究が一段落つくとどこかにいくのは、主任のクセなんだって。だから気にするなって言ってたよ」
土「そーいや、まえにもあったな。メモだけ残して失踪することが」
須「うん」

 土院は須淡の向かいに座った。

土「主任はいない。霜月はいつあらわれるかわからない。室長……そういえば室長は?」
須「いるよ。いつもどおり見えないけど」
土「なんでここの人たちは、姿をあらわさないかね」
須「さあ。そのうち僕たちもそうなるのかな」
土「どうだかな。郷に入っては郷に従えってあるからな。そうなるかもしれねーし、ならねーかもしれん。お前はどっちに賭ける?
須「うーん、そうだな……僕は変わるほうに賭ける」
土「じゃ、俺は変わらないほうに賭ける。いつものルールでいいか?」
須「うん、いいよ」
土「よし。決まりな。室長、どっかにいるんだろ。この賭けの証人になってくれよ」

 コンコンと机を叩く音がした。ふたりは机を見たが、だれもいない。形城の失踪メモに、形城以外の筆跡でまるで今そこで書いてるかのように文字があらわれていく

『喜んで賭けの証人になりましょう』

 すらすらと賭けの内容を書き記し、最後に『加枝 真(かえだ しん)』とサインを入れた。

須「ありがとうございます、加枝室長」
土「まー、いつ賭けの決着がつくかわかんねーけどな。ところで、これでいったいいくつの賭けだ?」
須「僕も覚えてないよ」
土「安心しろ。俺も覚えてない。室長、覚えてます?」

 加枝は『君たちがここに来てからは、初めてだと思いますよ』と書いた。

須「そういえばそうかも。いろいろと考えることがあったからね」
土「ありすぎだ。今だって室長がしゃべらない理由がわからん」
須「それは僕にもわからないよ。なんでです、室長?」

 メモを注視するふたりだが、文字が書かれることはなかった。

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2005.05.16

ノー・ルール・ワールド

“ルールがない”というのが唯一のルールですと言い切ってしまうと、どこにでもルールはあります。広辞苑をひくとルールは「規則。通則。準則。例規」とあります。

 ルールはやぶるためにある、という人もいます。ですが、ルールをやぶる人ばかりだと、ルールを定めた意味がありません。
 ノー・ルール・ワールド。ルールがないからそれだけ自由な世界なのか、それとも文字通りルール無用の世界なのか。どんな世界なのでしょう。

 現代では外交手段のひとつ、戦争にもルールはあります。裏社会にもルールはあります。どこにでもルールは存在します。
 第88研究所も同様です。それは「他人の研究のじゃまをしない」です。原則として第88研究所の全研究員に共通する唯一のルールです。

 あとは各研究室ごとにローカル・ルールがあります。それぞれ好き勝手にルールを決めており、研究室によっては流動的によくルール改正がおこなわれています。
 ちなみにどのようなローカル・ルールがあるか例をあげますと、ラーメン禁止(とんこつのみ可)禁煙禁止といったものから、特例客員研究員入室禁止、という限定的な事柄までいろいろあります。

 ルールといっても、明記されわかりやすいところに掲示してあるのではなく、ほとんどが暗黙のルールです。

 ルールを守らないと、罰則の対象になります。暗黙のルールでも同様に、なんらかの処罰の対象となるでしょう。程度にもよりますが、処罰は自らの命と引き換えの場合もありえます。

 ちょっと話をそらします。
 仮にすべての人がルールを守らなくなるとどうなるか? 非常に簡単です。いままでの常識すべてが通用しなくなるでしょう。しかし、慣性の法則のように現状維持をのぞむ人たちが、今まで通りにルールを守ろうという運動をするかもしれません。
 どのような結果になるのかわかりませんが、混乱が起きることはたやすく想像できます。

 第88研究所だけで考えてみます。だれもがルールを絶対に守らないのであれば、だれも何も研究できないでしょう。今でもルールらしいルールは、ひとつしかありませんが、それでもあるとないとでは大きく異なります。

 ルールによって雁字搦めにするのがいいというわけではありません。最低限のルールは必要だと思います。それが常識的なことであっても、すべての人が共通した常識を持っているというのは幻想です。明確にすることで、ルールとしての効果を発揮します。

 だれからも認識されないルールは、ないも同然です。ノー・ルール・ワールドとは、ルールをルールとして認識しない世界なのかもしれません。

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2005.05.13

ふたりの研究員 すぐそばにいる男

土院@新人研究員(以下、土)「結局、霜月はなにがいいたかったんだ」
須淡@新人研究員(以下、須)「次元にはいろいろあるってことじゃないかな。意識に次元があるなんて、考えたことなかったじゃない」
土「だからって、あんなワケわかんねーところで説明しなくてもいいだろう。こっちが聞きたくても、なんにも聞けないじゃねーか」
須「今度会ったときに聞くしかないよ。それに次は僕たちの次元で会うっていってたじゃないか。それまで考えろってことじゃないかな」
土「考えた結果、俺に次元を扱うには、まだまだ時期尚早とでた。次元のまえにもっといろいろと覚えなきゃいけないこと、考えなきゃいけないことがあるんじゃないかってことだ」
須「たとえば?」

 土院は眉間にしわを寄せてだまったまま何もいわない。

須「そこまで考えてなかった?」
土「これから考える」
須「そうだ、はい」

 須淡は十六番の札を渡した。

土「あれか。意識の二次元とか言いたいだけ言って逃げたときのか」
須「うん。また次に会ったときに聞くことがふえたよ」
土「次っていつだよ。今度出てきたら手足をしばってしばらく質問責めにしてやる」
須「神出鬼没だから、次って今だってりして」

 どこからあらわれるかわからない霜月を探して、ふたりは辺りを見まわした。誰もいない。

須「気にしすぎかな?」
土「だな。気分転換に飯いこう、飯」

 須淡と土院は食べ物をもとめて、その場から去った。ちょうどふたりがいた場所に、霜月があらわれた。ふたりの後ろ姿が通路の角をまがってみえなくなった。

霜月@特例研究員「やれやれ、どうも土院くんにきらわれていますね。あれじゃ出るに出られないじゃないですか。須淡くんにはわるいけど、もうすこし時間をおいてからふたりの前にあらわれるとしますか」

 土院が角から顔を出して自分たちがいた場所をみつめる。だが、そこには誰もいなかった。

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2005.05.11

ふたりの研究員 そこは巣窟の中

 須淡はゆっくりと目をあけた。まだもうろうとした意識の中、覚えていることを断片的に思い出していた。

 土院と一緒に形城主任の研究室に来て、形城主任に怒られた。気がついたら霜月さんがわけのわからないことを言うだけいって、また消えた。いや、その前に形城主任の逆鱗に触れた……そうだ。それで形城主任が消えて……どうなったんだっけ?

 あたりを見ると、形城主任の研究室だとわかった。隣に土院がいる。まだ目を閉じている。不意に須淡の顔を形城がのぞき込んだ。須淡は心臓が跳ねあがるほどおどろいて一気に目が覚めた。後ずさりしながら須淡は起きた。

須淡@新人研究員(以下、須)「あ、主任。すいませんでした」

 なにに対してあやまったのか須淡自身よくわかっていなかった。形城はやさしくほほえんだ。

形城@主任研究員(以下、形)「忘れて、神経を、かければ……私、それ、よかったけど、鍵。いたから……ちょうど、ごめんなさい」

 たどたどしいことばの中に、須淡は謝罪のことばを見つけ出した。相手を威圧する目で語っていた形城とは、まったくの別人のようだ。
 形城はマグカップにコーヒーを注いで椅子に腰かけた。須淡は向かいの椅子に座った。

須「霜月さんに言われました。研究に没頭しているときの形城主任に近寄るなって。たしかいちばん最初に会ったときに言ってましたよね。僕たちがそれを忘れていたからいけないんです。申し訳ありませんでした」

 十六番の札を二枚、机に置いた。

須「これは霜月さんの札ですよね。またわけのわからないことを一方的に話したら消えちゃいました。霜月さんっていつもああなんですか?」

 形城はよくわからないというように首をかしげた。

須「今度会ったときに、またいろいろ聞いてみます。ところで主任って、もしかしてちゃんとしゃべれるんじゃないですか?

 形城は完全に意表をつかれて、一瞬目を見開いて動きが止まった。

形「意外と気づくのがはやかったわね、須淡くん」

 今度は須淡の動きが止まった。確証はなかったが大当たりをひいてしまったことに須淡自身が驚いている。

形「そんなに驚くことでもないでしょう。ヒントはいくつもあって、それをずっと見てきたんだから」
須「でも、なんでそんなことを?」
形「先入観や偏見、それに常識にしばられない自由は発想ができるかどうかを試していたの。私自身、幼稚な手だと思ったけど意外とわからないものね。土院くんは気づいているの?」
須「いや、土院はまだ気づいてないと思いますよ。僕も確信があったわけではないじゃないし。ただ、気にはなっていました」
形「いつごろから?」
須「主任との何度目かの筆談です。あんなしゃべりをする人が、どうして筆談だとすらすらとことばを書けるのかなと思って」
形「ふーん。でも、まあよくわかったわね。あらためて、ようこそ人にして人外の世界魑魅魍魎の巣窟、第88研究所へ」

 手を差しだす形城に須淡は戸惑っていた。

形「怖がることはないわ。ただ、そう呼ぶ人もいるってだけの話よ」
須「はあ……あらためて、よろしくお願いします」

 須淡はおそるおそる形城の手を握った。形城はうれしそうに手を握りかえしている。
 なにも気づいていない土院は、目をさますことなく、まだ夢の中にいた。

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2005.05.10

札 十六番――意識の次元

 お待ちしてましたよ。今は札を渡せませんが、気にしないでください。君たちが起きたら札を渡すように形城くんにお願いしてありますから。
 君たちは三次元に特化していることは前にもいいましたね。覚えてますか? 覚えていますよね。それでかなりお悩みのようすでしたから。

 君たちにわかりやすく時間の三次元を説明してみせたように、いろいろなものを三次元にしてしまうことができるのです。例えば意識。そう、まさに君たちふたりは、意識の多次元下にいるのです。正確には二次元ですね。もちろん、君たちの意志で来たわけではなく、結果的に形城くんのじゃまをしたので来たわけですが。次からは気をつけたほうがいい。形城くんは、まだまだ君たちがかなうような相手じゃないですから。

 ところで今、意識の二次元にいるのがちゃんとわかりますか?

 いきなりでは、またなにをいっているのかわからないと言われそうですね。順を追って説明します。わかるかどうかは君たち次第です。

 なにせ今回は次元とはまったく関係がないと思い込んでいた“意識”を多次元にしてしまうのですから。多層意識ではなく、意識の多次元です。多層は多重と同じで、意識がいくつかあります。大ざっぱにいえば並行世界のようなものだと思ってください。
 多次元といっても、君たちにわかりやすく説明するために、三次元以上のことは説明しません。安心してください。

 でも今回の意識の多次元はちょっと特殊ですね。残念ながら僕もまだ正確に把握しているわけではないんです。つまり、先ほどから“多次元”と言っているのは、正確に何次元あるのかわかってないからなんですね。

 ゼロ次元(=点)はそのまま君たちが感じている意識と仮定しましょう。これがスタート地点です。ゼロ次元の次の一次元(=線)は、意識の幅とでもいうんでしょうか。無限に近い線の上を行っては戻りを繰り返している。意識の振幅が広いんです。ここまではほかの次元とだいたい同じです。

 二次元(=面)からだんだんわかれてきます。現在の主流となっているのは、面に意識と無意識があるという考え方です。そうなると一次元上でも無意識へといけることに気づきましたか? その通り、一次元でも無意識へと意図的に移行できるのです。
 これと対立しているのが、二次元に無意識はないと唱えている一派です。議論はほとんど平行線ですね。それ以外には、そもそも直交する三つの軸があるという三次元で、意識をあらわそうというのがそもそも無理と唱える人たちもいます。
 三者三様。確かめることができないので、すべてが正しいということもありえますね。ちなみに僕は、面に意識と無意識がある主流派の考えを支持しています。

 最後に三次元(=立方体)ですが、これはもう主流派もなにもないです。どれもが当たっているようで、どれもが的はずれかもしれない。すべてに共通するのは、意識も無意志もあるという点だけ。あとはまあいろいろ。第三者の意識に介在可能だとか、いや、第三者の意識を知ることしかできないだとか。
 ここでいう第三者は、自分以外のすべてですね。生物はもちろんのこと人工物などの無生物、果ては概念の存在である神なども含まれる。ことばは悪いかもしれないけれど、なんでもありの世界になってますね。

 わからないですか? ええ、それでいいんです。ゆっくりと考えればいいんですよ。まあ、そんなことですから、次元は空間と時間だけではないということを覚えておいてください。

 須淡くん、土院くん。そろそろ起きますか? いや、起きたほうがいいでしょう。

 もう身にしみてわかったと思いますが、形城くんが研究に没頭しているときは近づかないほうがいいですよ。同じことを繰り返すと、だんだんエスカレートしますからね。気をつけてください。

 次は君たちの三次元で会うことになるでしょう。ではまた。

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2005.05.08

ふたりの研究員 寡黙な口、饒舌な目

須淡@新人研究員(以下、須)「形城主任――」

 形城は机から目をあげると、須淡を硬直させた。「なにしにきた?」といわんばかりのだ。

須「あ、あの……」

 須淡は果敢にもことばをつづけようとしたが、うまくことばがでない。形城の口はきつく結ばれたまま、「用件はあとだ。とっとと部屋を出ろ」といいたげなをしている。

須「あ、あとでまた――」

 来ますとつづけようとしたが、土院にさえぎられた。

土院@新人研究員(以下、土)「主任、ちょっとお聞きしたいことがあるんです」

 土院も硬直していたが、須淡よりは口がなめらかに動いた。
 形城は獲物をねらう肉食動物のように土院をにらみつけた。土院は心臓を鷲づかみにされたような感じがした。動けないどころか、動いたら握りつぶされそうだと思った。
「私はなにも聞きたくない。じゃまだ。去れ。消えろ。うせろ」と言われているようで、須淡はすぐにでも部屋を出たかったが、身体がいうことをきかない。土院もおなじだった。

土「あのですね……」

 土院もことばが止まり、それ以上ひとこともしゃべれない。須淡は膝がこきざみにふるえだした。

「何度もいわせるな。ふたりともこの部屋から出ろ。それでもまだいるつもりなら――」と語りかける饒舌なに、須淡も土院もはやく部屋から出たかった。しかし、形城の目に射られて立ちすくんでいた。

「……ふたりともいい度胸だが、私はとても残念だ。君たちはもっと物事の区別をわきまえていると思っていた。その償い、身をもってしてもらおうか」須淡と土院を交互にゆっくりと見据えるは、そうきっぱりと宣言した。
 須淡も土院も一刻もはやく部屋から出たかった。

須「すぐに部屋を出ます」

「もう遅い!」と言わんばかりにカッと形城のが見開くと、形城の姿が文字通り消えた。ふたりには形城が突然消えて、自分たちのうしろにまわったとは思ってもいない。
 形城の両手にある注射器が、須淡と土院の首すじに刺さり、一気に薬液を注入した。須淡と土院は振り返ることもできず、首になにか刺さったと思ったときには、すでに意識をなくして床に伏していた。

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2005.05.07

「常識を捨てる」と「常識がない」

 私たちは研究するうえでよく「常識を捨てる」といいますが、「常識がない」とはいいません。一見、ふたつの言葉は似ているようですが、内容はまったくちがいます。
 捨てるためには、捨てるものがなくてはいけません。つまり、常識は必須です。はじめからないものは捨てようがありません。

 研究時に常識がじゃまなだけで、研究が終われば常識は必要です。
 しかし研究に没頭すると、しばしば常識を捨てたことを忘れてしまいます。常識のない状態がしばらくつづきます。すると、ふと思い出したように常識を捨てたことを思い出し、拾いあげます。

 ですが捨てたことを思い出しても、常識を拾いあげようとしない研究員もいます。常識のないまま研究をつづけると、まれに思わぬ副産物がみつかることがあります。
 不思議とこれらの発見は、常識があるとみつかりません

 研究をつづけているかぎり、それでもかまわないのですが、研究室から一歩も外に出てきません。たまに研究室へ行き、生存を確認しています。私が第88研究所に入所したときから、ずっと外に出ていない研究者もいます。
 私も研究室にこもっていた時期があり、そういったときは、そっとしておくのがいちばんだとわかっています。

 常識がないのではこまります。常識を一時的に捨て、必要になったら拾いあげることが大事です。研究にもよりますが、第88研究所では、つねに常識が研究のじゃまをしがちです。

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2005.05.06

現代神話学

「~神話」といった逸話や都市伝説といったたぐいのお話です。実際の神話学ではありません。具体的には「土地神話」や「安全神話」といったものです。もっとせまい範囲でのみ通じる話でもかまいません。

 現代の神話は、口伝が主な伝播方法であり、正伝がないのが特徴です。またその内容は大ざっぱなことが多く、細かい内容は食い違うこともあります。広く知れわたった現代神話の発生もとの特定は非常にむずかしく、ほぼ不可能といってもいいでしょう。
 ごくせまい特定の人にのみがわかる現代神話は、特定が比較的楽です。ですが、噂話の集合体から発生した現代神話は、特定が困難です。

 現代神話のもっとも大きな特徴は、崩壊する点につきるでしょう。神話からの格下げと言い換えてもかまいません。崩壊してあとも“すでに崩壊した神話”として語り継がれることがあります。これも現代神話にみられる特徴です。
 実際の神話は崩壊しません。神話を根底から覆す決定的な物証が発見されれば別ですが、そういった発見はおそらくないでしょう。

 もしも神話を崩壊させる発見がされれば、考古学史上最大の発見といえるでしょう。それはそれで楽しみです。

 話は変わりますが弟88研究所には、トロイの木馬を越える発見をしようと世界を駆けまわっている研究室があります。発掘テーマは「神話の物証発見。もしくは既存神話の崩壊」です。すべてを発掘にかけているので、研究所には年に数回しか戻ってきません。今もどこかで盗掘――ではなく発掘をしていると思います。

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2005.05.05

ふたりの研究員 札を手にして考える

 須淡は手にした一番を二番の札をずっと見つめていた。

土院@新人研究員(以下、土)「そんなモン見たって、なんにもでてこねーぞ」
須淡@新人研究員(以下、須)「わかってるけど、まだ頭の中がこんがらがってて」
土「そりゃ俺もおなじだ」
須「十一次元までまだ五次元分、足らないんだ。なんなんだろうね」
土「しらん」
須「霜月さんに聞ければいいんだけど……」
土「いない人をたよっても、どーしよーもねーだろ。形城主任には聞いてみたのか?」
須「聞かなくても答えはわかるよ」
土「だな。人にたよらず自分で考えなさい、だもんな」
須「ずばりそのものの答えはぜったい教えてくれないからね。ヒントもくれないし」
土「形城主任がスパルタっていうのは正しいよな」
須「うん。でも有能な先生っていうのも、たしかにその通りなんだけどね」
土「まー、ゆっくり考えればいーんじゃねーの。急にあれこれ考えたって、なにも出てこないときだったあるんだ」
須「……なんか土院がまともなこと言ってる」
土「ひでぇな。俺はいつだってまともだぞ」
須「自分でいってて、ちがうなって思ってるでしょ」
土「もちろん
須「まーでも、土院の言うとおりかもしれないな。別なことから、ふと考えつくかもしれないし。うん、そうしよう」

 須淡は札をポケットにしまった。

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2005.05.03

ふたりの研究員 札 一番――六次元へようこそ

霜月@特例客員研究員(以下、霜)「ゼロ次元は点、一次元は線、二次元は面、三次元は立方体。これはわかるね?」

 うなずく須淡と土院。

霜「なら六次元はもうわかったも同然だ。空間の三次元ではなく、時間の三次元を足したのが君たちにもわかりやすい六次元だ」
須淡@新人研究員(以下、須)「ゼロ次元の点は、今ってことはわかりますけど、二次元の線は、過去・現在・未来があり、それを前後に行き来ができるということですよね……でも、そんなことってあるのかな」
土院@新人研究員(以下、土)「霜月さん、十一次元の住人だっていうのなら、その低次元である六次元の動きもできますよね? 今、こうして三次元で動いてるわけだし」
霜「なかなか鋭いですね。ええ、それは簡単にできますよ。まっ、ことばよりもやってみせたほうが君たちもわかりやすいでしょう。そうですね。札を貸してくれますか?」

 須淡は一番と二番の札を霜月に渡した。

霜「ありがとう。では、一番と二番と三番の札をつかって、簡単な四次元の実験をしてみましょう」

 言うなり霜月の手元にあった一番の札が消え、二番の札を須淡に渡した。

霜「はい、二番です。つまり、私は一番、二番、三番の札を渡した通りに話しているのですが、君たちからは、二番、一番、三番という順序で話を聞くことになります」

 消えたはずの一番の札と須淡に渡したはずの二番の札が、霜月の手に突然あらわれた。須淡は自分の手にある二番の札と、霜月の手にある二番の札をなんども見た。
 霜月は一番の札を須淡に渡した。須淡はボーっとして札を見つめるだけで、かわりに土院が札をとった。

霜「まずは一番です。空間の三次元と時間の一次元を足した四次元は、時間軸を移動できることが特徴です。ですから、私は順序通りに君たちに話しているのですが、君たちには、私が言ったことは、ばらばらになります」

 霜月の手から二番の札が消え、三番の札だけ残った。須淡に二番の札、土院に一番の札がある。霜月は三番の札を須淡に渡した。

霜「はい最後の三番です。私はずっと君たちと同じ時間軸上を動いていますので、まだこれは理解できると思います。どうです、これが四次元です」

土「わけわかんねえ……いや、なんとなくわかったけど、手品みたいだな」
須「うん、手にあった札があらわれたり消えたりした。なんか手品みたいだった」
霜「そうですね。たしかに手品です。実際、今のと同じ方法でマジシャンをしている人もいます。まっ、私にはタネも仕掛けもバレバレなんですけど、君たちにはまさに手品、マジックでしょうね。あ、三番の札は返してね」

 須淡は三番の札を返した。

須「あ、はい。それで今のが四次元だとしたら、時間の面がある五次元というのは?」

 霜月の動きが文字通り止まった。動かない。

須「霜月さん……?」
土「考えこんでるじゃないか」

 よくみると、霜月は息きをしていなかった。

須「息してないよ! 霜月さん、大丈夫ですか?」
霜「これが五次元だ。ちょっとむずかしかったかな」
土「まったくワケがわからんな。もう少しわかりやすく教えてくれよ」
霜「注文が多いなあ。もうすこし自分で考えるってことも大事だぞ」
土「それはあとでやる。今は知りたいことがたくさんあるんだ」
霜「まあそれも一理あるね。わかったわかった。もうすこしわかりやすく説明しよう。今のは君たちの時間軸からはなれたわけだ。つまり、君たちは時間のゼロ次元、点の集合として線――過去・現在・未来の時間――を認識しているが、時間軸上の移動はできない。さらに面となると、君たちの認識の外にあるから僕のことが時間という観点からは見えなくなるんだ。そうなると、時間が止まってみえる。まっ、これはあくまで見かけ上そうとしか認識できなくなるというのが正しいだろうね」
須「つまり五次元上では、僕たちの時間軸からそれた動きが可能になり、それによってさっきみたいに空間上は移動することがなく、止まって見えた、と」
霜「正解正解大正解、といいたいところだがちょっと違う。さっきの僕は、三次元空間上も動いていた。でも、それはやはり君たちの認識の外でのことだ。そのためのその場に僕の姿があると思い込んでいたんだ。君たちの理解の範囲を越えるだろ? そのため脳が補完していたんだ。つまり、さっきここにいた止まっていた僕は、君たちの脳がつくりだした虚像なんだ」
土「ウソか。わからないことに対処できない脳がウソついたっていうことか」
霜「それが脳の機能のひとつだからね。だから君たちの脳は三次元を認識するのに特化しているという証明でもある」
土「詭弁にも聞こえるな」
霜「否定はしない。詭弁、論理破綻、へりくつ、なんとでも言い切ることができる。君たちもそうするかい?」
須「いや、まだわからないだけです。それに六次元の説明をまだしてもらってませんから」
土「ワケがわからんってだけで、否定はしてない。常識はじゃまだから捨てろって、形城主任がよく言ってることだし」
霜「やっぱり形城くんは、いい先生だね。ちょっとスパルタなところがあるけど。ではお待ちかねの六次元を説明しようか。でも、ここまでくれば、だいたい僕が説明しようとしている六次元は予想がつくんじゃないかな」
土「なんとなくな」
須「ええ、まあ、おぼろげながらは」
霜「うんうん。さっきも言ったように、空間の三次元に時間の三次元に足したものが六次元だ。では、時間の三次元はなにか。さっきの二次元での移動は認識の外だといったように、時間の三次元移動っていうのも、実は君たちにはまだ認識できない。やったとしてもさっきと同じ結果になるんだ」
土「止まったままの虚像があるってだけか」
霜「そうそう。もし君たちが五次元を認識できるようになれば、六次元の動きをする僕をすべて見ることができる。まるで分身の術をつかったようになる。僕がたくさん出現するんだ」
須「それもすべて虚像なんですか?」
霜「いや、それはすべて実像だ。さっき僕は五次元の動きをしたときに、時間と一緒に空間の移動もしたといったね。でも、君たちには認識できず、脳が虚像の僕をつくりだした。でも、認識できるのなら虚像をつくる必要がない」
土「分身がすべて実像だというなら、エネルギー保存の法則はまったく無視することにならないか」
霜「もちろんそうなる。でも、それになにか不都合でも? さっき君たちは二番の札がふたつあるのを見ましたよね? あれは手品なんかじゃない、まぎれもなく現実のこと。でも、常識ではありえないでしょうね」
須「あっ、そうだ。さっき、札が二枚でてきて……」
土「三次元の常識とそれ以上の高次元の常識は、ちがうってことなるな」
霜「なんだ、わかってるじゃないですか。いいですねいいですね。なかなかどうして、君たちは第88研究所に適応してますよ」
須「三次元で適用される常識を、ほかの次元では適用できない……そうしたら、次元ごとに常識があることになって、それぞれがバラバラの法則で成り立ってるってことになるのかな。いや、そもそも成り立っていないのかな……」
霜「須淡くん、土院くん。六次元はわかりましたか?」
土「なんとなくわかったような、わからないような」
須「正直、わからないです。考えることが増えましたから」
霜「はじめは誰でもそんなものです。もっとも、ほとんどの人は否定して、そこでおしまいです。どこの視点に立つのかによって、それは正しくもあり、まちがってもいるんです」
須「すこし考えを整理したら、またいろいろと聞いてもいいですか?」
土「いつここにいるんだ?」
霜「いつでもいますし、いつでもいません。次の札を渡したときに、なんなりと質問してくれてかまいませんよ」
土「メールとかは?」
霜「残念ながらここには僕に連絡がつくものがまったくないので、ちょくちょく顔を出すようにはしてます。それに僕でなくても、君たちにはとても有能な先生がいるじゃないですか」
須「形城主任ですか? でも、あんまり答えくれないからなあ」
土「人に聞かずにまずは自分で調べろ、だからな。それにしゃべってもワケわからん」
須「だいたいの意味はわかるけど、僕も細かいところまではわからないからね」
土「筆談ならすらすらと書けるのにな」
須「……そうなんだよね。ことばが細切れになって、ばらばらになってしゃべってるような感じなんだよ……」
霜「まあ、君たちがここにいるかぎり、また会う機会はあるでしょう。なにかあればそのときに。ではではこれで僕は失礼するよ」

 言い終わるなり霜月の姿は、音もなくスッと消えてしまった。

須「……やっぱり手品師かな」
土「そうでなければ、変わり者の手品師かもな」

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2005.05.02

ふたりの研究員 札 一番――一問一答

須淡@新人研究員(以下、須)「あ、見つけた!
土院@新人研究員(以下、土)「霜月さん、札くれ。一番な」
霜月@特例客員研究員(以下、霜)「君たち、もしかして新人くんかな?」
土「そうだよ。前に会っただろう。ほら」

 土院は二番の札を出した。

霜「ああ、君たち、もしかして形城くんのところの新人くんか」
須「そうです」
霜「そうかそうか。それで君たちはすでに僕に一度会ったのだね。では、一番の札を渡そう」

 ポケットから一番と書かれた札を二枚出してふたりに渡した。

土「一番の札のときになんでも聞けって言ってたよな」
霜「僕はまだ言ってませんよ。でも大丈夫。ちゃんとそう言うことにしましょう」
須「霜月さん。聞きたいことがいろいろとあるのですが、いいですか?」
霜「どうぞどうぞ。札は一番ですからね。ほとんどの方が一番を渡すときにいろいろ聞いてきます。さあ、なんなりと」
須「じゃあ――」
土「十一次元から来たってほんとうか?」
霜「ええ、本当ですとも。生まれも育ちも十一次元になります」
須「十一次元って――」
土「霜月って名前、本名か?」
霜「いい質問ですね。残念ながら本名じゃないです。僕が十一次元から来たといったら、十一月という意味の“霜月”という名前をいただきました」
須「その名付け――」
土「誰に?」
霜「形城くんです」
須「土院、僕にも質問させてよ」
土「ん、すればいいじゃん」
須「……じゃ、本当の名前はなんですか?」
霜「んー、忘れました。僕、霜月という名前がけっこう気に入ってるんですよ。だから今の本当の名前は霜月にしてます」
須「ここに来た理由はなんですか?」
霜「ここの初代所長に誘われたからですよ」
土「初代って、俺ら会ったことがないな」
須「いまは並行世界に出向中だからしょうがないよ」
土「じゃ、けっこう古株なんだな」
霜「君たちからみたら、そうなりますかね。僕は古株っていうぜんぜん認識はないんですけどね」
須「この前、二番の札をもらったときに“三次元を認識することに特化しているんだから仕方がない”って言ってましたよね。それってどういう意味ですか?」
霜「そのままの意味だよ。君らは三次元に生きているから、その認識能力は三次元に特化している。だから三次元以上の高次元は、認識することがどうしてもむずかしい」
須「むずかしいってことは、不可能ではないということですよか?」
霜「その通り。その点に関しては、初代所長が的確かつ正確に高次元を認識していましたよ」
土「それだけ変わり者ってことか」
霜「変わり者か。うんうん、たしかに彼はとんでもなく変わり者だね。正直、僕は彼が六次元くらいならわかるだろうが、それ以上の高次元を認識するのは無理だと思っていたから。それがすんなりと認識した。あれはとんでもなく驚いたもんだ」
須「僕たちでも六次元がわかりますか?」
霜「それは君たち次第だ」
土「俺らにもわかりやすく説明してくれよ」
霜「そうだね。まあ、わかりやすくかどうかわからないが、ちょっと説明してみようか」
須「お願いします」

 次回「札 一番――六次元へようこそ

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2005.05.01

今後の方針について

 第88研究所は毎日更新をしてまいりましたが、2005年4月24日の更新をしませんでした。これは大きな問題です。
 今後のことも含めてどうするか会議を重ねた結果、「できるかぎり毎日更新をする」という結論にいたりました。

 今後、更新のない日もありますがご了承ください。

第88研究所所長 出古井

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