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2005.04.29

単多球体による複数人格のモデル化について その2

 前回、単多球体による複数人格のモデル化の概要を、非常に乱暴ではありますが、大ざっぱに説明いたしました。
 今回はもう少し具体的に説明いたします。

 花見で須淡くんが豹変したのは、おそらく単球モデルでしょう。「須淡」という個人を特定しうる言動が多々ありました。

 今回はアルコールが引き金となり、溝を形成、またはすでにあった溝を越えたと思われます。溝をいったん越えると、その人格がしばらく続き、もう一度溝を越えるには、別の引き金が必要になります。須淡くんの場合は睡眠でした。酔いつぶれての睡眠、といったほうが正確かもしれません。
 睡眠をとったのちは、球体が正常な位置にもどりました

 誰でも睡眠中は球体が面からはなれます。つまり、観測者から見えていた接点がなくなり、球体は正常な位置にもどると考えます。どこが正常な位置なのは、人によってちがう場合があります。また睡眠前と睡眠後で球体が移動しない場合もあり、どのような法則で睡眠中に球体が動くのかわかっていません

 溝については、幅よりも深さに関係があると考えています。溝が浅ければ、その人格は主人格と似ており、溝が深ければ深いほど主人格からはなれていき、最終的に相似点は核しか残りません。
 溝がいくら深くても、核とつながらずにいるということはありません。それは多球モデルになります。

 多球モデルと単球モデルのいちばん大きなちがいは、異なる核を持つ人格=球体があるということです。
 別人格になることで、主人格が知らないはずの知識を得ている場合が多球モデルにあたると考えます。

 主人格の核が「日本人」、別人格の核が「スペイン人」だと仮定します。この場合、主人格がスペイン語を話せなくても、別人格になったときにスペイン語が堪能だとしても問題ありません。また、知らないはずのスペインに関する知識も同様です。

 多球モデルでは、単球モデルでは説明のできない、知識などをカバーするために作られました。ただし、単球モデルの溝と同じく、なぜ複数の球体が存在するかはわかっていません。

 また、単球モデルでも、核を「人」として、溝は核の最深部まであると仮定すると、上記の多球モデルも、単球モデルで説明可能です。しかし、人格をモデル化した球体に、知識などの記憶を含めていいのか、という疑問が残ります。私は、知識なども含まれる、と仮定しました。
 多球モデルと単球モデルにわけた理由は、核がよりあいまいになることで、膨大な知識を含まなければならなければいけません。たとえば核が「ほ乳類」となった場合、その知識は人をはるかに超え、「人」にしても全人類のことばを話せるということになり、さらにはすでに使われなくなった古代語すらも含むことになりかねません。

 知識に関しては、人格モデルとはまた別のモデルが必要であると考えています。

 単多球モデルでは、多種多彩な人格を持つということが可能になります。
 どこに溝があるのか。どの人格とどの人格が別の球体なのか。観測者の主観的な判断にたよるしかなく、その判断は困難を極めるでしょう。

 この人格モデルは、要再考です。
 機会があれば、また考えてみたいと思います。

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