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2005.03.19

動機 その2

 出古井です。
「研究しない研究所」と銘打ちながら、へんに考えてしまったせいでしょうか。倒れてしまいました。今回は倒れないようにいたします。つまり、をつかいません。
 はじめに断っておきます。今回は論理のろの字もありません。支離滅裂です。ご了承下さい。

 それでは前回「動機 その1」をすこしおさらいします。
「もし動機が存在しなかったら?」を調べるために展開した「動機のない原因はあるのか?」という推論を続けました。ですが、どうも「動機がない」というのは存在できそうにないので「原因をともなわない結果だけの存在はありうるのか?」と逆の視点から考えてみることにしました。
 ここまでが前回です。

 では、続きです。

 今回の仮定「原因をともなわない結果だけの存在はありうるのか?」は、一見、因果関係を無視したようにも聞こえます。原因があり、その結果がある。これはあたり前のことです。

 まず結果だけを抽出します。たとえば「リンゴがある」とします。原因としては、リンゴがそこに置かれた、とか、リンゴの木が生長したなどが考えられます。通常、時系列ごとに原因と結果を考えるので、結果のあとに原因があるとは考えません。
 もし時系列で考えたときに、結果と原因が逆転することがあれば、それは“結果は原因であり、原因は結果”と考えられます。原因はつねに結果のまえにあります。

 それでもなお、結果だけが存在するとしたら。おそらく時系列とは無関係で起きる場合ではないでしょうか。
 時間を考えずに「リンゴがある」とします。これは原因を含まない純粋な結果とします。では、その原因として考えられるのはなにか?
 どうしても時系列で考えてしまうので、非常にむずかしいです。

 すこし性急ですが、今回の結論を述べます。
「原因を含まず、純粋な結果は存在しうる。ただし、人間が認識できない時系列上で“純粋な結果”の原因は存在する」

「人間が認識できない」というのは、すこし強引で無理があります。ですが、なにごとも結果だけ、原因だけというのは考え難いというのが、今の私の考えです。その整合性をつけるために「人間が認識できない」としました。

 以上のことから、前回の「もし動機が存在しなかったら?」という問には、「原因または結果のどちらかのみが存在する場合、時系列に関係ない結果または原因が存在する」と私は答えます。


 今回、いい加減にもほどがあります。専門家からしてみれば、子供の屁理屈となんら変わりはないでしょう。私自身、満足のいく答えではありません。機会があれば、また考えてみたいと思います。

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